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静岡地方裁判所沼津支部 平成9年(ワ)568号 判決 1999年2月26日

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

福地絵子

福地明人

萩原繁之

被告

F鉄道工業株式会社

右代表者代表取締役

乙山太郎

被告

A

被告

B

右被告ら訴訟代理人弁護士

遠山秀典

主文

一  被告F鉄道工業株式会社は、原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成九年一一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告F鉄道工業株式会社は、原告に対し、金五七万一八九六円及び内金一四万二九七四円に対する平成九年七月二日から、内金一四万二九七四円に対する同年一二月二一日から、内金一四万二九七四円に対する平成一〇年七月六日から、内金一四万二九七四円に対する同年一二月一一日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被告Aは、原告に対し、金八〇万円及びこれに対する平成九年一一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告Bは、原告に対し、金八〇万円及びこれに対する平成九年一二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

七  この判決は、第一項ないし第四項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告F鉄道工業株式会社(以下「被告会社」という。)は、原告に対し、金七〇〇万円及びこれに対する平成九年一一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告会社は、原告に対し、金一三三万七六〇〇円及び内金三三万四四〇〇円に対する平成九年七月二日から、内金三三万四四〇〇円に対する同年一二月二一日から、内金三三万四四〇〇円に対する平成一〇年七月六日から、内金三三万四四〇〇円に対する同年一二月一一日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被告A(以下「被告A」という。)は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成九年一一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告B(以下「被告B」という。)は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成九年一二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  当事者について

(一) 被告会社は、土木建築の請負等を目的とする会社で、主な業務は、JRの軌道整備工事であり、平成七年一一月、静岡県熱海市<以下、略>に熱海支店(以下においては、単に「熱海支店」という。)を開設した。

(二) 被告Aは、熱海支店開設当時、同支店の副支店長であり、平成九年六月に支店長に昇進した。

(三) 被告Bは、熱海支店開設当時、同支店の事務次長であり、平成九年四月湘南支店に異動した。

(四) 原告は、平成七年一一月一七日、被告会社に雇用された。

2  原告の解雇等について

(一) 被告会社は、原告に対し、平成九年六月一二日付けの書面で、同月末日をもって解雇する旨の解雇予告をした。

原告は、同月三〇日に被告会社から解雇された(以下「本件解雇」という。)。

(二) 原告は、地位保全の仮処分命令を申し立て、その決定がなされた後に、被告会社は、原告に対し、平成九年一〇月九日付け内容証明郵便で、右解雇を撤回した。

二  原告の主張

1  被告Bの加害行為について

(一) 被告Bは、原告の上司であることを盾に取って、原告が入社した直後から、原告に対し、「大人の付き合いをしよう。自分と付き合えば会社でも悪いようにはしない。」などと言って交際を迫った。

(二) 平成七年一一月下旬、熱海支店の発足記念パーティーがホテル「水葉亭」において宿泊付で開催されたとき、出席した女性は、原告と下請会社の社長の二人のみであったが、女性用の部屋が用意されておらず、後になって用意されたものの、部屋には布団が三つ敷かれ、被告Bは、午前一時ころ、右部屋に入って寝てしまった。

(三) 被告Bは、平成七年一二月五日、原告を食事に誘って、ドライブイン「藤哲」及びスナック「かおる」で飲酒した後、原告の運転する自動車に同乗し、湯河原駅に向かう途中で、原告の下着に手を入れるなどしたところ、原告が危険を感じて自動車を停止させると、運転席のシートを倒し、原告の身体に伸し掛かってきた。

(四) その後も、被告Bは、原告に対し、執拗に交際を強要した。

(五) 被告Bは、交際の要求に応じない原告に対し、被告Aとともに、嫌がらせをしたほか、原告と熱海支店長であるS(以下「S支店長」という。)とが特別の関係にあるかのような根も葉もない噂を流し、原告に報復しようとした。

(六) さらに、被告Bは、平成九年三月二七日、原告が、被告Aから、被告会社の協力会社の女性従業員三人とともに希望のジュースを聞かれ、これを断った際、「この人は、ジュースやお酒ではなく、男が欲しいんだ。」旨述べて侮辱的な発言をした。

2  被告Aの加害行為について

(一) 被告Aは、平成七年一二月、被告会社の下請の株式会社東愛、有限会社東愛工業(以下、一括して「東愛」という。)から花火大会の接待を受けたが、その際、同会社の従業員であるTを使って、接待先の「美松旅館」に原告を呼びだし、同被告の妻と偽って同旅館に部屋を取り、性交渉の準備をした。

(二) 被告Aは、平成八年二月ころ、熱海支店の廊下や階段で、原告に抱きついたり肩に寄りかかったりしてきた。

(三) 被告Aは、平成七年一二月ころから平成八年三月ころまで、原告を頻繁に食事に誘い、原告を困惑させた上、同年四月ころには、原告の自宅にしばしば電話をかけたり訪問したりした。

(四) 被告Aは、様々なプレゼントをして原告の歓心を買おうとした。

(五) 被告Aは、誘いに乗らない原告に対し、被告Bとともに、嫌がらせをしたほか、前記噂を流し中傷した。

3  被告会社の加害行為について

(一) 被告会社は、原告に対し、人員整理の必要性がないのに、前記セクシュアルハラスメントについて抗議した原告を制裁するため、原告を解雇したものであるから、解雇権の濫用である。

(二) 被告会社は、セクシュアルハラスメントを働いた被告Aを支店長の地位に就けた。そして、被告Aは、職場復帰した原告に対し、支店長として業務指揮権を行使し、勤務時間中業務指示を与えないなどの嫌がらせを続け、原告が自ら退職する方向に追い込もうとしている。

4  被告らの責任について

(一) 被告B及び同Aについて

被告B及び同Aは、前記のとおり、原告の上司である地位を利用して原告の意に反して性的関係を持つよう強要し、これを拒否されるや、原告とS支店長が特別な関係にあるなどと虚偽の噂を流して被告会社に原告を解雇させたものである。

被告B及び同Aは、右行為がセクシュアルハラスメントに当たるから、不法行為責任に基づいて、後記損害を賠償する責任がある。

(二) 被告会社について

被告会社は、労働契約に内在する義務として、労働者に対し、セクシュアルハラスメントを防止し、これが発生したときには、適切な措置を執る義務を負うべきである。ところが、セクシュアルハラスメントを防止するための措置を執らなかったばかりか、原告の訴えを無視し、被告Bらの流した噂を真に受けて原告を解雇した。

したがって、被告会社は、債務不履行あるいは使用者責任に基づいて、後記損害を賠償する責任がある。

5  原告の損害について

原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は、七〇〇万円(被告B及び同Aに対する関係では各三〇〇万円)が相当である。

6  賞与請求について

原告は、被告会社から、平成九年七月一日、同年一二月二〇日、平成一〇年七月五日、同年一二月一〇日にそれぞれ支給されるべき賃金の二か月分に相当する賞与三三万四四〇〇円(合計一三三万七六〇〇円)の支払を受けていない。

三  被告らの主張

1  原告と被告B及び同Aの付き合いは、社員同士の一般的な付き合いであり、セクシュアルハラスメントに当たらない。

2  熱海支店は、受注先の発注が減少したことにより、人件費を抑制するために人員整理をしなければならなくなり、パート社員の原告を解雇したものである。

3  被告会社は、原告を採用するに当たって、賞与の支払を約していないし、給与規定については、正社員のみ適用される。したがって、原告には、賞与請求権がない。

第三判断

一  原告の勤務状況等について

1  証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告(昭和二一年四月二日生)は、平成六年九月九日丙川一郎と婚姻して夫婦となったが、その後、別居し、事実上の離婚状態になり、自立するために職を探していた。原告は、折り込み広告を見て、東愛に応募したが、年齢制限があり、採用されなかったが、その際、東愛の従業員であるTから、被告会社を紹介された。そこで、原告は、平成七年一一月、被告会社熱海支店に行き、S支店長、被告A及び同Bから面接を受けた結果、臨時雇用員として採用され、同月一七日、熱海支店に入社した。原告は、右面接を受けた際、仕事の内容のほか、勤務時間が、社員の場合、午前八時から午後五時までであるが、原告の場合、午前八時三〇分から午後四時三〇分までであること、賃金は、一時間当たり九〇〇円であることの説明を受けたが、雇用期間の定めはなかった。

(二) 熱海支店には、原告が入社した当時、S支店長ほか一八名の従業員がいたが、女性従業員は原告のみであった。原告は、次長である被告Bの下で、電話や来客の応対、掃除、社員のお茶入れ、事務補助の業務等に午前八時三〇分から午後四時三〇分まで従事していた(なお、原告は、平成九年四月から、勤務時間が月、水、金曜日のみ午後四時までとなった。)。

ところが、平成八年六月ころ、被告Aが体調を崩して休暇を取るようになって以来、被告Aに代わって、原告は、S支店長の下で、支払関係の仕事をするようになり、本件解雇までその仕事に従事した。なお、賃金は、一時間当たり九〇〇円から九五〇円に上がった。

なお、原告は、同年二月に社会保険に加入し、同年五月から有給休暇を取ることができるようになった。

(三) 被告会社においては、就業規則が作成され、社員の就業に関する事項については、右就業規則が適用され、パートタイマー等について異なる定め又は労働契約を締結したときは、この限りでないと規定されているが(第二条)、パートタイマー等について別個の定めはない。右就業規則によれば、支店等に勤務する者の就業時間は午前八時から午後五時までと規定されている(第二四条第一項)。また、被告会社では、社員の賃金について給与規定が作成されている。

2  これに対し、原告は、準社員として雇用されたと主張し、原告の供述及び陳述書(<証拠略>)中には、これに沿う部分がある。しかしながら、S支店長の供述によれば、臨時雇用員として原告を採用したもので、準社員であることを説明したことがないことが認められる上、被告会社には過去に準社員がいたことがあるものの、被告会社の就業規則には準社員という身分については規定がないこと、また、原告の場合、雇用の形態が常用であるが、一日の勤務時間が被告会社の支店等の社員の所定労働時間より短い契約内容で就労しており、パートタイマーと認められることに照らすと、原告の右供述等を採用することはできない。

二  被告Bについて

1  証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告Bは、S支店長、被告Aとともに、熱海支店の開設に当たり、平成七年一一月に開設と同時に、熱海支店の次長として赴任した。

原告は、平成七年一一月一七日熱海支店に入社したが、入社直後、上司である被告Bに同行して買い物に出掛けることが多かったが、その際、被告Bから、「大人の付き合いをしよう。」などと言われて、交際を申し込まれた。その後も、被告Bは、原告を誘ったが、原告は、これを断っていた。

(二) 平成七年一一月下旬、熱海支店の発足記念パーティーがホテル「水葉亭」において宿泊付で開催された。出席した女性は、原告と下請会社の社長の二人のみであった。ところが、被告Bは、女性用に用意された部屋であるにもかかわらず、これを知らなかったとして、この部屋で寝てしまったため、原告らは、同ホテルに宿泊することができなくなった。原告は、その夜、右社長を原告の自宅に宿泊させた。

(三) 原告は、平成七年一一月二九日、宅地建物取引主任者試験に合格したが、そのころ、被告Bから、そのお祝いの食事に誘われたため、被告Bが原告の上司であることからこれ以上断ることができないと考え、その誘いに応じることにした。原告は、被告Bから、待ち合わせの日時・場所を記載したメモを渡されたので、同年一二月五日午後六時ころ、静岡銀行熱海支店の駐車場に行き、被告Bとともに、ドライブイン「藤哲」で飲酒し、同店が午後八時に閉店となった後、スナック「かおる」に行って飲酒した。その後、原告は、自車に被告Bを同乗し、被告Bの自宅のある湯河原方面に向かって運転した。ところが、被告Bは、原告に寄り掛かり、危険を感じた原告が自車を停車させると、運転席の座席シートを倒して原告に伸し掛かり、下着に手を入れたが、これを嫌がる原告に抵抗され、行動を中止した。

(四) その後も、被告Bは、原告に対し、自己の都合の良い日をカレンダーに記載し、都合の良い日をつくるように言って誘った。そこで、原告は、被告Bとともに一週間に一度ぐらいの割合で昼間食事に行っていたが、夜にも付き合いをするよう再々言われ、これを断っていた。原告は、被告Bから誘われることが嫌なことから、平成八年二月ころ、被告Bに対し、退職を申し出たところ、被告Bが「自分は三月か四月に異動する噂が出ている。自分がいなくなればあんたも辞めることはないだろう。」と言って引き止めたので、退職を思い止まった。それ以来、原告は、被告Bから誘われることが少なくなった。

(五) 原告は、平成八年六月ころ、被告Aが体調を崩して休暇を取るようになって以来、被告Aに代わって、S支店長の下で、支払関係の仕事をするようになり、毎日のようにS支店長と昼食に出掛け、午後一時を過ぎても熱海支店に戻らなかったり、S支店長と下請会社等を回ったりしたことがあった。さらに、原告とS支店長は、平成九年三月一七日と一八日の両日、それぞれ別々に休暇を取った。そして、原告は、同月一八日、被告会社の下請である有限会社永山工業の従業員Oとドライブに行き、S支店長は、体調が悪く右両日自宅で寝ていたもので、休暇を示し合わせて取ったものではなく、休暇の日がたまたま偶然に同じになったにすぎない。なお、原告とS支店長は、原告の長男と三人で夜に飲酒したことがあったが、これを除いては、二人だけで夜に飲酒したり遊びに行ったりするような個人的な交際はしていなかった。

ところが、被告Bと被告Aは、原告とS支店長とが特別の関係にあるかのような噂を流し、原告とS支店長が示し合わせて右休暇を取ってドライブをしていたとして、被告会社の常務取締役であるI(以下「I常務」という。)に報告をした。

(六) 被告Aは、平成九年三月二七日、熱海支店で、被告会社の協力会社の女性従業員三人をもてなすため、希望するジュースを聞いていたところ、原告がこれを断った。すると、その場で、被告Bは、「この人は、ジュースやお酒ではなく、男が欲しいんだ。」などと侮辱的な発言をした。そのため、原告は、憤慨し、午後三時三〇分ころに早退し、翌二八日も仕事を休んだ。

(七) 被告Bは、平成九年四月一日、被告会社湘南支店に異動した。原告は、同月八日午後七時三〇分ころ、「パルコウエスト」で、S支店長同席の上、被告Bと話合いをした。その際、被告Bは、原告を誘ったことなどを謝罪した。さらに、被告Bは、同月一二日、熱海支店会議室において、原告の長男と二男がいる前で、平成七年一二月五日の車中の出来事以外について原告に謝罪した。

2  これに対し、被告Bは、<1> 車中で、原告に暴行をしたこと、<2> 原告とS支店長について虚偽の噂を流したこと、<3> 侮辱的な発言をしたことがいずれもない旨主張し、被告B及び同Aの各供述、陳述書(<証拠略>)中には、これに沿う部分がある。

しかしながら、被告Bは、車中での暴行については記憶がなく、あるいは暴行したことがないという曖昧な供述のみで、具体的に反論しないこと、また、S支店長あるいは原告に確認もしないで同時に休暇を取ってドライブに行ったなどといういい加減な情報により噂を流し、被告会社に報告していること、また、被告Bは、「ジュースよりは酒」というつもりであったというが、原告が被告Bの発言に憤慨して早退し(このことは、被告Bも認めるところである。)、その翌日には休暇を取ってI常務に電話をかけていることに照らすと、被告Bの右供述等は採用できない。

三  被告Aについて

1  証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告Aは、平成五年一〇月被告会社に移籍し、被告会社の小田原支店の副支店長を命じられたが、平成七年一一月、熱海支店が開設されるのと同時に、副支店長として赴任した。

原告は、入社後、被告Aから誘われて食事に行くこともあった。原告は、被告Bから、平成七年一二月五日に車中で前記のような暴行を受けたり交際を迫られたりしていたので、原告及び被告Bの上司である副支店長の被告Aに対し、被告Bから誘われて困っているなどと相談をした。

(二) 被告Aは、平成七年一二月、被告会社の下請の東愛から、花火大会の見物のため「美松旅館」に招待された。その際、原告は、同会社の従業員であるTから、「A副支店長は一人では行かない。丙川(原告の旧姓)さんが一緒だと来てくれる。」などと言われたので、Tの紹介で被告会社で面接を受けたことから、断ることができず、これを承諾した。そして、原告は、同旅館で、被告Aとともに、花火見物をした。その際、原告は、同旅館の女主人に被告Aの妻として扱われたので、「私は、Fの社員で奥様ではありません」と言ったところ、被告AやBから、「余計なことを言うな。」などと言われ、これを咎められた。

(三) 被告Aは、原告から相談を受けた後の平成七年一二月ころから、一週間に一ないし二回あるいは二週間に一回というような割合で、原告を誘って、夜に食事に行くようになり、原告は、被告Aが上司であることから、これに応じてきたものであり、このような状態は、平成八年三月ころまで続いた。その期間中、被告Aは、熱海支店の廊下や階段で、原告に抱きついたり、手を握り、太股を触ったことが五、六回あった。また、原告の歓心を買うため、新品のワープロ、ネックレス、ブラウス、靴、手袋、果物等を原告にプレゼントしたが、原告は、これを嫌がり、ワープロ等は貰ったままの状態にし、使用しなかった。

(四) 被告Aは、平成八年六月ころ体調を崩して休暇を取ったが、そのころから、原告が、被告Aに代わって、S支店長の下で、支払関係の仕事をするようになり、毎日のようにS支店長と昼食に出掛けるようになった。被告Aは、原告がS支店長のみと食事等に行くことがおもしろくなかったこともあって、被告Bとともに、前記噂を流したほか、このことをI常務に報告した。

(五) 原告は、平成九年四月一四日、熱海支店において、S支店長同席の上、被告Aと話合いをした。その際、原告は、被告Aに対し、原告とS支店長とが特別な関係があるよう噂を流したことを抗議したところ、被告Aは、「あんたにあんなことをしていた自分が噂を流すはずがないだろう。」と言ってこれを否定した。

2  これに対し、被告Aは、原告の身体を触ったことがないと主張し、被告Aの供述、陳述書(<証拠略>)中には、これに沿う部分がある。しかしながら、被告Aは、原告に新品のワープロを渡しながら、中古であったなどというなど、その供述の信用性は低いこと、また、ワープロを使用中の原告の肩に手を掛けたりすることがあったことについては認めていることに照らすと、被告Aの右供述等は採用できない。

四  本件解雇に至る経過等について

1  前記認定の事実及び証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、平成八年六月に被告Aが体調を崩して休暇を取るようになって以来、原告は、被告Aに代わって、S支店長の下で、支払関係の仕事をするようになったが、そのころから、S支店長とともに、毎日のように昼間食事を被告会社の外でするようになり、午後一時を過ぎて被告会社に戻ることもあった。また、原告は、S支店長とともに、関係会社等に回っていた。

(二) 原告は、平成八年一〇月ころ、原告とS支店長とが特別な関係にあるという噂が流されていることを知った。そこで、原告は、S支店長にその旨話したところ、S支店長から、「何も悪いことをしていない。」と言われた。

(三) 原告は、給与以外に、平成七年一二月に三万円、平成八年三月に繁忙手当として三万円あるいは五万円、同年七月に賞与として給与の一か月分の支給を受けた。そして、同年一二月分の賞与については、被告Bは、S支店長と相談の上、被告会社本社に対し、給与の二か月分を支給するよう打診したが、被告会社本社から一か月分しか支給できないと指示された。S支店長は、原告に事務を手伝って貰ったことから、被告会社が出した一か月分に自己負担の一か月分を加算して合計二か月分を賞与として原告に支給した。

(四) 原告は、平成九年二月、S支店長に対し、専門学校に通学したいこと、もし通学ができないのであれば、退職したい旨の申出をし、退職することを引き止められ、時期をずらすことでその了解を得られたので、同年四月以降、月、水、金曜日には勤務時間を三〇分短縮して通学するようになった。

(五) I常務は、被告B、同Aらから、原告とS支店長とが休暇を同時に取って個人的に交際している旨の報告を受けたので、平成九年三月二一日、熱海支店で、S支店長に注意した。その後、原告は、S支店長から、このことを知らされた。

(六) 原告は、平成九年三月二七日に被告Bから前記のとおり「この人は、ジュースやお酒ではなく、男が欲しいんだ。」と侮辱されたことがあったことから、それまでに熱海支店で性的嫌がらせを受けたことなどを訴えるため、翌二八日、被告会社本社のI常務に電話をかけ、「一方的な話を聞いて判断をされては困りますので、私の話も聞いていただけませんか。」などと言ったが、I常務は、これを取り合わず、S支店長に対し、原告から電話がかかってきたことを知らせたにとどまった。

そして、原告は、同月二九日に熱海支店に出社したとき、G次長から、「昨日、M次長が社員の前で、丙川(原告の旧姓)は会社に対する背任行為をしたので、首を切ると言っていましたよ。」と言われた。その後、原告は、熱海支店に出張してきたI常務に面会を求めたが、これを聞き入れてもらえなかった。さらに、原告は、同年四月初めころ、熱海支店に出張してきたI常務に予め作成していたメモを渡し、原告の話も聞いてほしかったなどと訴えた。

(七) S支店長は、被告会社本社の指示を受けて、平成九年四月一八日、原告に対し、経費節減を理由に退職勧告をしたが、原告は、これに応じなかった上、原告の代理人である萩原繁之弁護士は、原告の依頼を受けて、同年五月一二日付けの内容証明郵便で、解雇予告の撤回とセクシュアルハラスメント防止のための対策を講じることなどを求めた。

これに対し、S支店長は、同月二六日、原告に対し、「六月から来なくても良い。」などと言った。また、被告会社の代理人である遠山秀典弁護士は、右内容証明郵便に対し、同年六月四日付けの内容証明郵便で、同年四月一八日のS支店長の解雇予告は人員整理上やむを得ないものであり、不当解雇ではなく、本書面をもって、同年六月末日限り解雇すること、被告B及び同Aから事情を聴取したところ、原告に対し執拗に交際を迫ったことはないとのこと、原告とS支店長の行為は、些か慎重さに欠けた面も否定できないことなどと回答した。さらに、S支店長は、原告に対し、同月末日限り解雇することを通知する旨の同月一二日付けの解雇予告通知書を交付し、同月三〇日、本件解雇に及んだ。

(八) 被告会社は、S支店長を本社に異動させるとともに、平成九年六月一七日付けで被告Aを熱海支店長に昇進させたが、その後任の副支店長を置かなかった。

(九) 原告は、被告会社を相手に、地位保全の仮処分命令を申し立て、その決定がなされたところ、被告会社は、原告に対し、平成九年一〇月九日付け内容証明郵便で、本件解雇を撤回するとともに、同月二〇日から職場に復帰するよう命令した。

(一〇) 原告は、熱海支店に復帰したが、従前の仕事と異なり、掃除を中心に雑用仕事をしており、これ以外にはほとんど仕事がない状態にある。また、原告は、平成九年以降、昇給あるいは賞与の支給はなかった。

2  被告会社は、経費節減のために人員整理をしなければならない状態にあったので、本件解雇をしたと主張し、S支店長は、これに沿う供述をしている。しかしながら、原告は、本件解雇に至るまでの間、性的嫌がらせがあったことを訴えており、特に、S支店長がI常務から注意を受け、原告がI常務に電話をかけた直後に解雇の噂が出るようになり、間もなくしてS支店長から退職の勧告がなされたこと、本件解雇についての仮処分決定後とはいえ、被告会社は、本件解雇を撤回していることに照らすと、S支店長の右供述は採用できない。したがって、本件解雇は、解雇権の濫用であるというべきである。

五  被告Bの責任

前記二認定の事実によれば、被告Bは、原告の上司である地位を利用し、原告に対し、原告が入社した直後から交際を迫っていたこと、平成七年一二月五日の夜には、原告を誘って飲食をした後、原告の運転していた車の中で暴行を振るったこと、原告から付き合いを断られると、被告Aとともに、原告とS支店長とが特別の関係にあるかのような噂を流したことが認められる。

被告Bの右行為は、職場での上下関係を利用して、異性の部下である原告の意思を無視して性的嫌がらせ行為を繰り返し、付き合いに応じない原告の職場環境を悪化させたものであり、原告の人格権を侵害するものであるから、原告の被った損害を賠償する責任があるというべきである。

六  被告Aの責任について

前記三認定の事実によれば、被告Aは、原告の上司である地位を利用し、平成七年一二月ころから平成八年三月ころまで、夜間、原告を頻繁に食事に誘い、原告の自宅にしばしば電話をかけたり訪問したりしたほか、原告の歓心を買うため様々なプレゼントをしてきたこと、さらに、その期間中、被告Aは、熱海支店の廊下や階段で、原告に抱きつくなどの行為をしたこと、付き合いをしなくなった原告に対し、被告Bとともに、前記噂を流し中傷したことが認められる。

被告Aの右行為は、被告Bの場合と同様に、職場での上下関係を利用して、性的嫌がらせ行為等を行ったものであり、原告の人格権を侵害するものであるから、原告の被った損害を賠償する責任があるというべきである。

七  被告会社の責任について

前記四認定の事実によれば、被告会社は、被告B及び同Aの使用者であり、同被告らの前記不法行為は同被告らの職務と密接な関連性があり、被告会社の事業の執行につき行われたものと認めるのが相当であるから、使用者として不法行為責任を負う。

また、被告会社は、原告やS支店長に機会を与えてその言い分を聴取するなどして原告とS支店長とが特別な関係にあるかどうかを慎重に調査し、人間関係がぎくしゃくすることを防止するなどの職場環境を調整すべき義務があったのに、十分な調査を怠り、被告Bらの報告のみで判断して適切な措置を執らず、しかも、本件解雇撤回後も、被告Aの下で勤務させ、仕事の内容を制限するなどしたものであり、職場環境を調整する配慮を怠ったものであり、この点に不法行為があるというべきである。

さらに、被告会社は、解雇権を濫用して原告を解雇したもので、この点についても、不法行為責任を負う。

八  原告の損害について

前記認定の不法行為の態様その他本件記録上現れた諸事情を考慮すると、原告の精神的苦痛は相当なものであるから、これに対する慰謝料は、二〇〇万円(被告B及び同Aに対する関係では各八〇万円)が相当である。

九  賞与請求について

1  証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告会社の給与規定には、被告会社は、原則として、毎年七月、一二月及び四月の年三回、被告会社の業績、社員の勤務成績等を考慮して予算の範囲内で賞与金を支給すること、賞与の計算期間は、支払が七月の場合には四月一日から六月三〇日まで、支払が一二月の場合には七月一日から一一月三〇日まで、支払が四月の場合には一二月一日から三月三一日までとすることが規定されている。

(二) 原告は、平成七年一二月に三万円、平成八年三月に繁忙手当として三万円あるいは五万円、同年七月に賞与として給与の一か月分一五万八四〇〇円の支給を受けた。さらに、原告は、同年一二月には、被告会社が出した給与の一か月分とS支店長が自己負担した一か月分の合計二か月分三三万四四〇〇円を賞与として支給を受けた。

(三) 原告は、平成九年四月分の給与として一四万七九六一円、同年五月分の給与として一三万七九八七円の支給を受けた(一か月平均一四万二九七四円)。

2  賞与は、労働協約、就業規則、労働契約などに支給時期、額及び計算方法が定められ、これによって支払がなされるところ、原告については、被告会社は、勤務の形態を考慮して、賞与として一か月分を支給する旨の意思表示をしたものと認められる。そうすると、原告は、被告に対し、賞与として、平成九年七月一日、同年一二月二〇日、平成一〇年七月五日、同年一二月一〇日にそれぞれ一四万二九七四円を請求できるものというべきである(なお、支給日は弁論の全趣旨により認める。)。

これに対し、原告は、採用面接時、S支店長から、「ボーナスは普通に支払います。」との説明があり、また、日給月給制の準社員については、別に定める定め又は労働契約がない限り、就業規則の付属規定である給与規定が適用されるべきであるとして、給与の二か月分の賞与を請求する権利があると主張する。しかしながら、S支店長が原告の主張するような支払を約したことを認めるに足りる証拠はないこと、前記のとおり、原告は、準社員として雇用されたものではない上、原告の勤務時間が社員よりも短いことに照らすと、給与二か月分の賞与請求権がある旨の原告の主張は採用できない。

(口頭弁論の終結の日 平成一〇年一二月一七日)

(裁判官 打越康雄)

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